カテゴリー「お知らせ」の記事

「新型コロナウイルス感染拡症の差別・人権侵害に反対するフォーラム滋賀in長浜」

2020年8月3日 / お知らせ

 「新型コロナウイルス感染症の差別・人権侵害に反対するフォーラム滋賀in長浜」が8月2日(日)開催されました。今回は湖北じんけんネットワークが主催、ヒューマンネット滋賀は共催として参画しました。会場の長浜市民交流センターには、およそ60名に人が参加してくれました。 アタシたちヒューマンネット滋賀のメンバーと12時過ぎに会場に到着、会場設営と打ち合わせを終えて、密をさけるため受付を設けずに、お一人お一人、順に検温と消毒をしていただき、予定通り14時にスタートしました。まず、開会挨拶ということで次のような話をしました。
 『みなさん、こんにちは。ヒューマンネット滋賀のやまざきです。開会のあいさつということですが、少し長い目の時間をいただいていますので、アタシの想いも込めた話をさせてください。
 まず最初に、ヒューマンネット滋賀についてちょっとだけ紹介させてください。始まりは、地元での部落解放運動です。以前、在所の高校生とか若い子らとオリジナルの人権啓発劇や講演活動をやっていましたが、被差別側だけではなく、もちろんアタシたちは部落出身ということを大切に受けとめてそこからの発信をしていたのですが、運動とか立場とかでなく、もっと幅広いつながりを作っていこうということで2012年にNPO法人ヒューマンネット滋賀をたちあげました。あんまり知られてはいないんですけど(笑)。そんなアタシたちに湖北じんけんネットワークの田邉さんが「今度、コロナ差別と人権をテーマにしたイベントをやるんですが、一緒にどうですか?」と声をかけていただき、ぜひ一緒に!ということで今日の日を迎えました。
 今、思いもよらないほどコロナウイルスの感染が広がっています。日々、感染してしまった人が多く増えていくなかで、その人たちへの人権侵害も増加しています。感染者に対するまなざしや言動は、差別そのものだと思います。病気で苦しんでいる人たちが差別を受ける被差別側となってしまう、これってすごい違和感の現実です。感染したあなたが悪いとばかりに、非難や攻撃、そして謝罪を求める、これっていったいなんなのか!これって、明らかに、差別する側の意識のあらわれ方です。差別される側が、差別されないようにすればいい、原因を被差別側に圧しつけて、あたかもそれが解決になるってバカげたことを思いこんでいる人たちがこれほどまだ多いのか!これまで少なからず学んできたはずなのに、差別される側ではなく、差別してしまう側の問題なんだと。そのことが少しも活かされていない、今の現状だと思うのです。ほっといていい訳がないですよね。
 『新しいものは何にもない、今までのものが一気にやってきた』まさしくそうだと思います。問われているのは、ウイルスに感染した人たちではなく、差別意識を感染させてしまっている側、自分自身が問われている、そんなふうに感じています。今回のフォーラムで、人を大切に想うってことはどういうことなのか、今このときだからこそ考えあう時間にしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。そのあと、3本の報告がされました。とても大切で、尊重されるべきメッセージでした。さまざまな現実を生きている人がいる、その現実を引き受けて生きている人たちがいるということを改めて感じながら、知ることの大切さを痛感しました。知らないことで差別はなくなっていかない、「差別する」の反対語は、「差別しない」ではなく「差別をなくすこと」。感染した人がどんな現実のなかを正しく知るということ、その現実が差別につながるのなら、自分はどうすればいいのか、自分と大切な人を守る、そのためにできるこことを考え合えたフォーラムになりました。

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「アイたちの学校(ハッキョ)上映会」

2020年7月2日 / お知らせ

 映画「アイたちの学校」は、大阪在住の高賛侑(コチャニュウ)監督が、朝鮮学校についての貴重な資料や生活実態を丁寧に取り上げた長編ドキュメンタリーです。(上映時間99分)2018年に製作され、東京、大阪、京都、愛知、広島などで映画館上映され、好評を博しました。2019年には、韓国語版と英語版も作成され、米国、韓国、ドイツ、カナダ、オーストリアなど世界各地で上映されています。また、2019年キネマ旬報 文化映画部門第10位、2020年第37回映画復興奨励賞に輝きました。今回、その「アイたちの学校」が≪湖北じんけんネットワーク 2020年度 第1回ネットワーク講座≫として、長浜で自主上映会されることになりました!
 日時:7月4日(土)14:00~16:00
 会場:さざなみタウン1Ⅽ会議室(長浜市高田町12‐34 ℡0749-65-6907)
 会費無料、完全予約制で先着20名です。まず、仮予約をしてください。
(連絡先:湖北じんけんネットワーク:田邉 090‐5640‐9937 kt-ei92@maia.eonet.ne.jp)
 =湖北じんけんネットワークからのメッセージ=
 ☆しばらく休んでおりました湖北じんけんネットワークの再開、第1回目の講座です。
☆朝鮮学校って見られたことはありますか。異なる文化をもつ民族の学校ですが、輝く子ども  たちの姿は、同じです。一度、のぞいてみてください。                                ☆今回は、映画で紹介します。興味のある方は、今後滋賀の朝鮮学校の参観も一緒に行きましよう。
☆当日は、40名の定員ですが、感染症対策のため20名までです。マスクの着用と事前予約だけお願いします。行きたいけれど予定がはっきりしない方も、仮予約可能です。まず、連絡をください。

 私たちヒューマンネット滋賀のメンバーも、「アイたちの学校」を見ました。滋賀のウリハッキョ(朝鮮学校:私たちの学校という意味)のことも、すごく大切に受けとめています。ぜひとも見てほしい映画です。見れば、きっと、もっと知りたくなる、そんな映画です!

季政美(イヂョンミ)コンサート&南京の記憶をつなぐ上映会のご案内です❣

2019年12月10日 / お知らせ

ありきたりですが、12月になってしまいました。12月4日から10日は、人権週間として、各地でいろんな人権関連イベントが開催されています。                                          1948年12月10日の国際連合第3回総会において世界人権宣言が採択されたことを記念して、1949年に12月10日を採取部とする一週間を人権週間と定めました。別に、人権について考えることは日々常々でしょうけれど、やはり世界で一つになって人権の大切さについて考えようと定められていることは、やはり意義深いことではないかなぁと思ったりしています。なんだか前置きが堅苦しくなりましたが、今回、人権週間がらみではないのですが、二つのイベントを紹介させていただきますね。

まず一つ目は、湖北人権ネットワーク主催の「ありがとういのち」季政美(イヂョンミ)コンサートについてです。湖北人権ネットワークは、人権を学ぶ機会を提供するとともに、広く関心を持つ人々をつなぐことを目的に結成されました。ヒューマンネット滋賀として、またアタシ自身としても、代表の田邉さんと人権を基軸にしたつながりをもたせていただいています。田邉さんから、よかったら告知をと言っていただいたので紹介させていただきますね。詳しいことは、案内チラシをご覧のうえ、問い合わせてみてください。

 そして、もう一つ。「南京の映画を見る会実行委員会」が、今年度も南京の記憶をつなぐ上映会を開催されます。ヒューマンネット滋賀も毎回協力団体として参加していますが、歴史修正主義の波が広がるなか、かつて韓国中国を侵略してきた中でどれほどの罪深いことをしてきたのか、日本人として忘れてはならない史実にきちっと向き合い、戦争の悲惨さを風化させてはいけない、そのことを受けとめることが、今何にもまして大切なことではないかと思っています。その意味で、南京の記憶をつなぐ活動は、政治やメディアが排外主義をあおる今だからこそ、とても重要なことではないかと考えています。参加協力券1,000円(当日1,200円)となります。どんな上映会なのか、関心のある人、そもそも南京の記憶って何?と疑問をもたれる人、よかったら参加してみませんか?HPに問い合わせてください。

じんけん通信 No.36をアップしました。

2019年12月9日 / お知らせ

詳しくは、Newsレターをご覧ください。

出会いをつながりに💛

2019年11月28日 / お知らせ

ずいぶん、ブログが更新できていなくて、思えばもう12月ですね。その間、ヒューマンネットとして、結構いろんなことで充実した時期を過ごすことができました。いくつかの出会いを紹介します。秋らしくなってきた10月初めの週末、岡山県から長寺に交流として来ていただいたのは、和気町日笠支部のみなさんです。信頼と尊敬しているある方から、交流と研修を長寺でやりたいので、どーですか?と声をかけていただいたのがきっかけとなり、今回の交流となりました。10月5日(土)の午後から長寺地域総合センターで「長寺はこんな感じできました~長寺が大切にしてきたもの~というテーマでお話を聴いていただいた後、フィールドワークに出かけました。

地元、長寺は、ず~っと昔、湖東三山の一つ、西明寺に従属し、男衆たちは西が丘山林で働いていたという歴史がありました。そこには、語るに尽きない史実が詰め込まれているのですが、その話はまたどこかで紹介できればと思っています。その後、長寺地域総合センターで地元メンバーと、さいぼしや牛すじ大根などを囲んでの懇親会となり、お互いにいろいろな話を交流できました。「次は、ぜひ岡山にきてくださいね!」といううれしいお誘いをいただいたので、それを真に受けて(笑)、来年は、和気町に行こうか!と、マジで考えているところです。

そして、11月4日、休日となった月曜日、兵庫県多可町隣保館から8名のみなさんに来ていただき、交流をもちました。多可町隣保館には、木の実学級という解放学級があり、今回は、そのお話も聞かせていただくことになりました。実際にあった結婚差別を題材にした寸劇で解放祭に初めて参加したこと、そこからさまざまな交流会や研修会を積み重ねておられるとのことで、差別の現実を伝えることで、差別をなくすためにできることを考える、方向性は同じなんだな、という想いを感じていました。

また、私たち長寺が子どもたちのために、どのような取り組みをしているのか部落解放小6合宿の取組みや自主活動学級についても紹介させていただきました。 こうやって、少しずつだけど、新しい出会いがつみかさなっていくって、シアワセなことだなぁと感じさせてもらえました。みなさん、出会っていただいて、本当にありがとうございました❣

 

じんけん通信 No.35をアップしました。

2019年7月22日 / お知らせ

詳しくは、Newsレターをご覧ください。

いろんなことが始まりました❣

2019年5月30日 / お知らせ

新年度がスタートして早いものでもう2か月が過ぎようとしています。子どもたちが犠牲になった痛ましい事故や事件には、本当にいたたまれない、なんともいいようのない感情がぐぅっとこみあげてきます。悲しみや切なさが癒えることなく日々を過ごしている、そんな人たちが多くいるということを自分のなかにしっかりと持ち続けていきたいと感じています。

アタシのまわりでは、また同じサイクルでいろんなことが始まっていきました。その一つとして、地元長寺の「部落解放子どもを守り育てる会」の総会を29日(水)の夜、長寺地域総合センターで行いました。校区の保幼小中の先生たちと地元から50名ほど参加、事業報告や活動方針などを協議していただきました。

(総会資料)

=第2号議案「2019年度 事業計画」=

「今年度も「部落解放子どもを守り育てる会」では、『差別から子どもを守る』という本来の目的にたちかえり、理不尽な現実で進路を阻まれることのないよう、子どもたちの進路を保障していくことに重点を置いた取り組みをすすめていきます。2016年12月には、「部落差別の解消に関する法律」が制定、施行されました。この法律は、長寺子どもを守り育てる会の事業推進においても大きなウエイトを占めると受けとめています。その意味においても、この一年間は広範にわたり、法律に込められた目的および重要な方向性を事業全般に反映させ、とりくみをすすめていきます。部落解放の視点で、長寺の子どもたちをはじめ、東学区の子どもたちの今と将来を見通した進路の保障に向けて「部落解放長寺小6合宿」の実践を基盤におきながら守り育てる会の存在を打ち出していきたいと考えています。以上、私たち一人ひとりの「自分らしさ」が大切にされ、多様性を認め合える環境をめざし、『いま、ここから』できることを実践していくための事業を下記のように計画します。」

栗山副会長の開会あいさつ(現実を知ることの大切さを話してくれました)

以上の活動方針も承認していただきました。

「部落解放子どもを守り育てる会」は、1977年に部落解放同盟長寺支部のサブ組織として教育を基軸においてスタート、あれから42年が経過しました。そのときどきの現実を丁寧にみつめ、そのなかで子どもたちに正しく部落差別の現実を伝える必要性を前面に打ち出して解放合宿を開催してきました。差別をなくす主体として、差別をなくす側としてのつながりをつくるため、今年度も守り育てる会として、子どもたちとともにすすんでいければと思っています。

「アイ(子ども)たちの学校(ハッキョ)」という映画

2019年3月19日 / お知らせ

 3月9日(土)、大津市の教育会館で行われた在外教の総会で、滋賀朝鮮初級学校の鄭想根校長先生から「こんな映画があるねんけど、見に行く?」と教えてもらった。もちろん見たいと思い、前売り券を購入して、3月15日(金)の午後、京都シネマに出かけた。平日だったけどロビーには、13時40分の上映を待っている、結構な人たちがいた。私のチケットには、40という数字、40番目に受付をしたということ。それからも、ロビーに集まる人たちがいた。

映画のチラシには、「100年の差別=その闘いの記憶=朝鮮学校の歴史と現状を描く初の長編ドキュメンタリー」と記されている。その裏面には、【100年にわたって続けられてきた差別の歴史。在日朝鮮人は、アイ(子ども)たちの夢を育むために、幼稚園から大学にいたる世界にもたぐい稀な民族教育事業を行ってきた。しかしいま、ウリハッキョ(朝鮮学校)は、厳しい逆風を受けている。2010年、政府は高校無償化制度からウリハッキョを除外し、地方自治体も次々と補助金を打ち切ってきた。ウリハッキョは裁判闘争に立ち上がった。その闘いは、すべての外国人の子どもたちの教育権に連なり、多民族多文化共生の時代を切り開いていく。知られざる歴史的資料や証言を発掘し、ウリハッキョの差別と闘いの真実を浮き彫りにする初の長編ドキュメンタリー。】と記されている。

知らないことがたくさんあった。それは絶対に、知らなくていいことではない。知らなければならないこと、だった。被差別部落出身の自分は、小学生の頃から、部落差別の不当性を教えられて育ってきた。そのなかで、「部落差別のことが理解できればおのずとその他の差別問題も理解できる」、そう誰かが言っていた。部落差別を学べばほかの問題にも応用が利く、と。でも、それはちがうと思っている。そんなはずはない。この映画をみて、果たしてそんなことが言えるだろうか?そんなことはない、応用ではなく、ちゃんと知らなければわからない。この映画はそれを改めて教えてくれた気がした。

ナビゲーターとして、大阪朝鮮学校の生徒が語ってくれた言葉があった。「差別は差別を生むのです。それしか生み出さない。この世に差別されるべき人間は一人もいません。」                       在日コリアンの子どもたちが、「ウリハッキョ(私たちの学校)と親しみと愛しみを込めて呼ぶ学校。自分たちの言葉と文化を学ぶ学校。それぞれのアイデンティティを確かめ合える場所。その学校ができた歴史的な経緯を知ってこそ、現在を考えることができると感じている。過去は変えることができないけれど、過去を知らなければ今を語れない。「過去と今を学ぶことができるこの映画を一人でも多くの日本人に観てもらいたい。共に未来を生きるものとして。」元文部科学事務次官の前川喜平さんが語った言葉。まさしくその通りだと実感した。

 

『辺野古米軍基地のための埋立ての賛否を問う、沖縄県民投票に連帯する滋賀市民投票』開票結果!

2019年2月26日 / お知らせ, イベント

前回もお知らせしましたが、この市民投票は、名護市辺野古に計画されている米軍基地建設のための埋立てに対し、「県民の意思を的確に反映させる」ため、沖縄県が実施する沖縄県民投票(2月14日告示、2月24日開票)の目的に賛同して、滋賀県内においても同様の形式で行われたものです。先日24日が開票日でした。大きく報道がされているように、沖縄の人々は「辺野古米軍基地埋立て」に対して反対の民意を突き付けました。圧倒的多数の沖縄の人たちが「反対」の意思を表明しました。これは、ものすごく大きな民意です。

「私たちに平和な沖縄を返してください‼」、1995年に起きた米兵による少女暴行事件をうけて同年10月21日に行われた県民総決起集会での一人の少女が心からの叫びとして訴えました。けれども何一つ向き合うこともなく、これまで一切無視してきた政府の姿勢、そして沖縄の問題だけにしてきた私たちの感覚。問われているのは、沖縄ではなく、本土に住む私たち一人ひとりなんだ。そんな想いをいだきながら、今ここからできること、として今回の沖縄県民投票に連帯する滋賀市民投票に参画してきました。沖縄では、圧当的多数である7割以上の人たちが反対となった県民投票。

今回、2月14日からスタートした市民レベルでの滋賀県内での市民投票、2月24日(日)18時からフェリエ南草津5階中会議室で開票&まとめの集会が行われました。開票の結果は、86パーセント以上の人が「反対」という意思を表明しました。投票結果は、政府関係機関に滋賀県内の民意として通知することになっています。私たちは、これからもずっと沖縄を見続けていく!そんな想いを改めて強くした瞬間でした。無関心でいる多数派、サイレントマジョリティの側に居続ければそれでいいのか、そのことを今一度、真剣に考えなくてはならない、と思っています。

開票の様子

 

開票結果

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滋賀県人権教育研究会=生徒の想いに学ぶ=」で想いを伝える

2019年2月1日 / お知らせ

1月25日(金)午後1時30分から、滋賀県人権センター・光荘で滋賀県人権教育研究会高校連協主催の研究協議会が行われました。協議会タイトルは【生徒一人ひとりの「進路保障」をめざして~生徒の想いに学ぶpart23~】。     滋人教高校連協では、23年前から高校生等の想いを直接聴くことをとおして、受けとめた内容をどのように実践につなげていくのかを先生たちが考え、協議しています。報告というか話題提供というか、どちらにしても先生たちの前で高校生が話をするわけなので、本人たちはメチャクチャ緊張するとは思うのですが、毎年3名から5名の高校生や大学生がそれぞれの想いを率直に語ってくれます。

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そして、その内容もさまざまです。今回は3名の人がメッセージを伝えてくれました。その中の一人に、今から6年前「ヒューマンネット滋賀」に相談をもちかけてくれた彼がいました。初めて出会ったのは彼が中学1年生の秋でした。お母さんの後ろから恥ずかしそうな笑顔でちょこんとお辞儀をしてくれた彼の表情を今でもよく覚えてます。お母さんは、彼がいじめられていることを私たちに話してくれました。その内容はとてもひどいものでした。特定の友だちからのいじめが日常的に繰り返されること、先生や学校は、なにもしてくれない。こんな状況でこのこを学校行かせるわけにはいかない、お母さんの想いはとても切実で緊迫していました。私たちは事実確認をするとともに、何よりもそんな日常から彼を救うこと、その一点で動いていきました。やがて彼は祖母の住む町の中学校に転校することができました。でも、そこでも友だちや教師の心無い言動により、彼はまた居場所をなくしていき、中学3年生から近くの特別支援学校に編入しました。いま彼は高校3年生、もうすぐ卒業を迎えようとしています。

今回の高校連協で、彼が話してくれた内容は、小学校時代から続いた【いじめ】についてです。彼は最初、「またあの時の嫌なことを思い出すから」と言っていたのですが、「けど僕のような人を出さないために、先生や学校が考えてくれるのならやってみたい」と話してくれました。彼が体験してきたこの現実をどう受け止めればいいのか、いや、子どもに向き合う大人たちが受け止めるべき現実であり、参加したものたちが真摯に向き合うべく現実だと感じました。緊張しながらでも懸命に自分の想いを伝えようとしている彼の表情に、初めて出会ったときのはにかんだ笑顔がかさなりました。これからを生きる彼がこれ以上不合理な現実にさらされないよう、いまここから自分にできることを一人ひとりが考えて見出していかなければ、そんなことを感じさせられました。彼が報告してくれた手記を紹介します。

 

『僕は学校がこわい』

 「僕は、知的障害です。自閉症もあります。僕には、難しすぎて、自分のことなのにわかりません。僕は、みんなと何が違うのか、僕にはわからない。今、僕を苦しめているのは、障害があることではなく、今まで受けてきた【いじめ】です。今僕は、養護学校に通っています。4年目で、もうすぐ卒業です。この学校に来るまでに、転校を2回しました。どこも【いじめ】が理由です。今の学校に来て4年、今は友だちも出来て話を聴いてくれる先生にも出会えました。でも、今でも学校がこわいです。教室に入ろうとすると、僕をいじめていた人の顔が見えて、「おまえ、何しに来たんや。おまえなんかこのクラスの仲間じゃない」と声が聞こえてきます。がんばって消そうとしてもどうしても消せません。今は、僕をいじめたりする人はいないのに、どんなにがんばってもその声は消せません。教室に入りたいのに、こわくてこわくて泣けてきそうになります。そんなとき、今はクラスの友だちが「おはよう」と声をかけてくれます。そうすると力が抜けて安心してやっと教室に入れます。毎日それの繰り返しです。でもどうしても入れなくて、そのまま保健室に行くときもあります保健室で先生と話をして落ち着いたら教室に入ります。僕だけ、なんでこんなんやろうと思うとイライラして先生や物にあたってしまったこともある。今の担任の先生は、そんな僕のことをわかってくれて、「そんなときもあるよな」と言って、壊してしまったものを一緒に直してくれた。なんで、僕はいつもこうなんやろと、また泣けてくる。僕は、わがままなんかと思ったり、僕は、おかしいんかなと本当に苦しくて、悲しくていやになる。ちゃんとしたいのに、前のことなんか忘れたいのに、どうしても忘れられない、消せない。小学校5年生の時、本当のいじめが始まりました。僕より身体が大きな子、3人に囲まれて、傘でカバンをバンバンたたかれました。教壇の中にとじこめられたこともあります。先生は、目の前で見ていました。笑いながら「やめたって(笑)!」と言っただけで助けてはくれませんでした。一番悲しく思ったのは、小学校1年生の時、僕が描いた絵を先生がみんなに見せながら「こんな汚い絵は書いてはいけません。」みんなの前でそう言いました。僕の絵は汚いんや、それから6年生になるまで絵を描くことができなくなった。このことは、6年生になるまでお母さんには言えなかった。お母さんが悲しむから言えなかった。中学校に入って、いじめはどんどんひどくなった。体育の時間がいちばん嫌だった。仲間に入れてもらえなかった。名前もなくなった。「〇〇ちゃん、〇〇くん」って呼んでくれていたみんなが、中学校に入ってからは「ガイジ」「ガイジのくせに生意気や」。僕には意味が分からなかった。あとで聞いたら障害児のことだった。いじめられていることを先生に伝えた。何回も伝えた。先生なら助けてくれると思った。でも助けてはくれなかった。「おまえの勘違いや」と言われた。誰も助けてくれなかった。僕の言うことは、誰も信用してくれなかった。でも僕はがんばった。いっぱいがんばった。がんばって、がんばって僕は疲れた。毎日泣いた。心がおなかいっぱいで、毎日おなかがいたくて、苦しかった。お母さんは、「もう学校へ行かんでいいよ」と言ってくれた。今もそのことを忘れることはできません。今話したことは、ほんの一部です。思い出したくないほどのいじめを僕は受けてきました。「僕は、いじめられるために生まれてきたん?」お母さんに何回も聞いたことがある。お母さんは、そんなことは絶対ない、と何回も何回も話してくれました。病院の先生も、何時間も話を聞いてくれます。今まで受けた傷は、全部消すことはできないけれど、一つずつでも減らしていこうね。ゆっくりでいいよ。あせらずいこうね」と言ってくれます。言われているときはわかっているけれど、イライラするときもあります。がんばろうとしても、がんばっているのに、もう一人の僕が、「お前は、ぜんぜんがんばってない」と言ってじゃまをする。「逃げてばっかり」ともう一人の僕がいつも、いつもじゃまをする。僕は、いつまで苦しめばいいのかなぁ。今は楽しいこともいっぱいあるのに、心が苦しくなる。 大人でも、助けてくれる大人と助けてくれなかった大人がいる。同じ大人でも、なんでこんなに違うんかな。誰に聞いても困った顔をして聞いてくれない。誰か教えてください。」

 

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