中・高の人権学習に参加してきました ~出会ってくれてありがとう!~

2015年12月11日 / お知らせ

10月から12月にかけて、部落問題学習のゲストティーチャーとして、県下のいくつかの中学校と高校へ参加してきました。

アタシたちが学校へ出向いて話をさせてもらうコンセプトは、『出会ってくれてありがとう!』です。

10月には、八幡工業高校の教職員さんたちと甲西中学校2年生、11月には膳所高校、大津高校、野洲高校に瀬田工業高校、そして土山中学校。そして12月に入ってからは、甲賀中学校3年生のみなさんとお出会いさせていただきました。あたりまえに学校の雰囲気や生徒のみなさんの表情はいろいろですが、部落問題を基軸に『いま・ここからの発信』としてのメッセージを少しでも受けとめてもらえれば嬉しいなと感じながら話をさせてもらいました。

ある高校から生徒さんの感想をまとめたものをいただきました。正直なところ、これまで感想文ってありきたりなことを書きならべてあるんやろーなと(ゴメンなさい…)思ったりしていたのですが、とんでもないです。そんなふうに思っていた自分自身を反省しなければ、マジでそう思うほど、がどの学校も生徒のみなさんがスゴク真摯に受けとめてくれているってことが文面から伝わってきて、こちらこそ、本当に『出会ってくれてありがとう!』の想いでイッパイです。

先日、感想のまとめが届きました。この高校ではアタシを含め3人で参加、パネルディスカッション形式としてそれぞれの想いを伝えてきました。せっかくなので生徒のみなさんが綴ってくれた想い、いくつか紹介させてください。

「どうせ、いいとこどりなんちゃうん?」と言われればそうかもしれません(笑)。

長くなりますが、よかったら読んでみてくださいね。

  • 今回の人権学習というかお話は、今まで小学校からずっとやってきた人権学習のなかで、一番自分が納得できたものでした。前日に友だちと「『部落って言うのがある』っていうのを言ってしまうから(私たちの世代は部落なんて知らないのに)、差別が生まれるんちゃうんかな?」と話していて、なんでするのか疑問に思っていたところで、『学習しなければ差別をしていることに気づけない』と聞いて、「ああ、そういうことなんだ」と思いました。同時に今までしてきた人権学習の話は毎回同じで、大切だと分かっていても、「何でやるんだろう」とか「こんなにいっぱい毎回同じような感想を持って書いていて意味があるのか」と思っていたところが、3人さんのお話を聞いて、自分が外国人や障がい者、そういう人たちに出会ったときに受け入れられる、受けとめられる心を持てるようにするんだと聞いたことで、初めて人権学習をする意義を見つけられた気がします。もっと早くに今日の話を聞きたかったです。しかも今回1時間半のあいだ、ずっと起きていられず、全部の話が聞けなくてものすごく後悔しています。もう一回、全部の話をゼロから聞きたいです。差別をなくしたいと思い、行動していくことは、誰かのためにではなくてあの人のために!という思いでしてほしいと言われていて、「ああ、そういうふうに考えたら、いろんな点で、いい案やいい行動ができていくのかな」と、聞いた限りすべての話がすごく納得がいきました。ありがとうございました。

  • まず、最初に話してくださった3人を見たとき、被差別部落出身か全然わかりませんでした。そこで目に見えないことで差別はなぜ起こるのか考えさせられました。話の途中で「差別に屈するのが負けなのではなく、差別をしていて、しかもそれに気付いてないのが負けだ」とおっしゃられていました。それまで僕は、「差別なんてしたことがないし、これからもしないぞ」と思っていたんですが、今まで気づいてないだけで、差別をしてきてしまっていたんでしょうか。僕は気付かないうちに負けているんでしょうか。でも過去のことはわからないので、これからも人にやさしく心がけようと思います。

  • かわいそうって思うことをやめようと思った。そう思い続けている時点で、その問題と向き合おうとせず、第三者として居続けてしまうことになる。そして、かわいそうと思うことが差別になってしまうように思った。当事者の方たちの体験談や、このように思っているというのを聞いて、もう私たちも見て見ぬふりはできないし、無関係とは言えないのだから、絶対に差別をしてしまうような人にはならない。心の器を大きくして、どんな人とも関係を持てるようにしていきたい。

  • 私は小学校の頃から部落についてたくさん学んできました。そのなかでいつも思っていたのは、「なぜ何も悪くない人たちが差別されなければならないのか」「理不尽に傷つけられなければならないのか」「差別されている人たちのために、自分ができることとは何かを考え、しっかり行動にうつしていきたい」ということでした。私の中でいつも、「差別されるかわいそうな人たちのために、何かしてあげたい」、そういう思いがありました。しかし、今日の話を聞いて考えが変わりました。「本当にかわいそうなのは誰か」、「いろんな人がいるのに、すばらしい出会いもあるのに、ただ住んでいる場所が部落だから、という理由ですべて失ってしまう、差別する側の人間こそ、貧しく、さみしく、かわいそうなのではないか」そういう思いが生まれました。私は、豊かな人間になるために、豊かな社会で生きるために、「私のために」差別について学び、差別されている人たちの想いを理解するために努力し、差別をなくしていきたいと思います。

  • 「部落差別」って、中学校からの人権学習や社会の授業で学習してきていたけれど、いまいちピンとこなかったことが正直ありました。「差別はしちゃいけない」っていうのは教えられるまでもなく、自分のなかでも思っていたけれど、正直「部落差別」に関してはお話にも上がったように、話さなければ知らないし、知らなければそういった認知の上での差別もなくなるんじゃないかと思っていました。でも、お話してくださったなかで、「差別してしまう可能性のある自分に気付く」ことが、今までやこれから学んでいく差別問題の意味だと思うと聞いて、なんだかとても納得できました。今まで「差別はしちゃいけない」っていう固定観念みたいな中で学んできていたことから、客観的にというか、少し視野を変えて、この考え方で学んでいき、知っていくことが大切なんだなと自分の中で思いました。うまくこの気持ちを文章に書けているかわからないけれど、とにかく私は今日のこの人権学習を終えて、心が整ったような気がします。

  • 部落問題だけでなく、いじめや戦争など幅広いことを考えることができて、いい時間になったと思う。

自分は、中学校のときに友だちから部落出身だと言われたことがあって、そのときはあまり知らなかったので大したことじゃないんだろうと思っていました。でも、今日の話を聞いて、あの時の友だちに対する自分の反応は、あまり良いものではなかったのかなと反省しました。これから生きていくなかで、いろんな人に出会っていくので今日のことを思い出していきたいと思いました。いい時間になりました。

  • 私の母も部落の人と関わりがあったことがあり、祖父から縁を切るように言われたという話を聞いたことがありました。でもその話は何十年も前の話だったので、今はもう関係のない話だと思っていました。なので、今回の人権学習で部落の人たちの気持ちや考えを聞けて、現在にも部落差別があるということを知り、自分たちもいろいろなことを考えていかなければならないなと思いました。

  • 部落問題について詳しいことは何も知らなかったけど、「あの人、部落の出らしい」とか、そういうことを聞くことは、数回ありました。理由もなく差別されている人がいるっていう勉強ということで、かわいそうな人たちの話なんだなぁと思ってたけど、そういう意識じゃなくて、自分は差別に気付いたりできているかという意識を持つことが大切なんだと知ったので、これから人権についての話を聞くときの私の意識は今までと変わりそうです。

  • 世間であまり言われないからこそ、この講演会があって本当によかったと思いました。もし何も知らないまま、部落出身の人たちに関わっていたとしたら、その人たちを傷つけるような行為をしていても気付くことができませんでした。確かに、出身を原因とする差別は、される人が限定されてしまうので完全に理解することは難しいです。でも理解しようとすることには、きっと意味があると思うし、そんな気持ちが無駄になることはないとも思います。

  • 私は中学のときも、今日のように実際に部落出身の方が講義をしに来てくださいました。なので、中画のときから部落について勉強してきました。中学の時に来てくださった方のお話とはまた違った体験談や意見などを聴くことができて、とても良かったです。私は、高校生もしくは中学生の頃から部落問題について学ぶことは大切なことだと思います。これから差別をなくしていくためにも、知らないで社会に出るより、知ったうえで社会に出て、差別に〃気づく〃ことが本当に重要だと、今日改めて思いました。そして、その”気づく”ことが、また差別をなくしていくことにつながっていくと強く思いました。

  • 3年間、人権学習をしてきて、世間にはびこる”いじめ”と向き合ってきました。今回のテーマである”部落差別”、しっかりと意味は分からないまま勉強してきました。小学校や中学校でも習ったけど実態がつかめなかったので、今日3人のお話を聞いて、高3という今の立場でリアルに”差別”としての認識が出来ました。学んだからには、これから生きるうえでもっと知っていくテーマだと思ったので、この経験を生かして日々を過ごしたいと思いました。

 ありがとうございました。

 「なぜ、話すの?」「なんのために?」「どんな意味があるの?」「勝手な自己満足だけでしょ」、そう思う人もいるかもしれない。人に問われる以前に自分で自問自答することはもちろんあるし、それなりに考えてはいるけれど…。結局、自分の言葉に自分が試されている、そんな場でもあるんだなあと、そう思ったりしている。聴いてくれている人にどんなふうに伝えたいのか、なにを感じてほしいのかだけではなく、今話していることは紛れもなく自分自身に却ってくるってことをそれなりに考えていかないと、そう感じている。とにもかくにも、出会ってくれてありがとうございました!(^^)!

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